松島観光ナビ >  寺社・歴史 >  品井沼干拓を後世に伝える「明治潜穴公園」

「明治潜穴公園(めいじせんけつこうえん)」について

江戸時代初期に行われた仙台藩による元禄潜穴で、新田開発と水害を防ぐため、品井沼の水を松島湾に流す目的で造成されたトンネルです。元禄11年(1698)に工事は完成したものの、土砂などで穴が詰まり水が流れにくくなっていました。

元禄潜穴の機能が不十分で、明治時代になると水の流れはさらに悪化。大雨による水害で田畑の収穫がなくなり、人々は貧しい暮らしを強いられます。
そこで松島、鹿島台、大谷、粕川、大松沢の5つの村が組合を作り干拓の計画を立案。明治39年(1906)に南と北の水路を掘ることから工事が始まります。

4年の歳月が流れ、大変な苦労と努力の末に完成したのが明治43年(1910)。人々は喜び盛大な通水式が開催されました。明治潜穴公園は、多くの先人達が品井沼干拓にかけた情熱と歴史を後世に伝えるために整備された公園です。

「明治潜穴公園」のおすすめのポイント

「明治潜穴公園の休憩所」
明治潜穴をかたどった屋根付きの休憩所です。内部にはベンチとテーブルが設置されています。

品井沼の干拓事業に伴う堤防などは、平成19年(2007)に、土木学会より品井沼干拓関連施設として土木学会選奨土木遺産に認定されています。このトンネルの左端に取り付けられているのが土木遺産の認定プレート。

「鎌田三之助氏の顕彰碑」
品井沼干拓事業に尽力した鹿島台村村長・鎌田三之助の顕彰碑。わらじを履いて村を巡回していたため、村人から「わらじ村長」と呼ばれ親しまれていました。

「明治潜穴公園」の基本情報

※掲載されている情報や写真については最新の情報とは限りませんのでご了承ください。

名称明治潜穴公園
所在〒981-0205 宮城県宮城郡松島町幡谷泉ケ原
アクセス<電車・タクシー>
JR東北本線「品井沼駅」よりタクシーで約6分

<車>
三陸自動車道「松島北I.C」より約5分
駐車場無料
トイレ・バリアフリーあり
Wi-Fi対応なし